SSブログ

エア・チェック

数年前から、ネットでFMラジオ配信を毎週聞いておりまして、非常に都合が良い。何の都合が良いかと言いますと、一週間のノルマ達成感として、非常に都合が良いのですな。

そもそも、記憶を遡れば遡るほど、ラジオの存在は大きかった。母親は夕飯の支度をしながらずっとAM放送を聞き、食事が始まってからもスイッチを切らず、ちょうど夜7時のニュースが流れ続けた。テレビの「見ながら」は叱られる事が多いけれど、なぜかラジオは許容される。情報の少ない時代、貧乏家庭の慎ましやかな食卓において、「音だけで伝えられる世相」が栄養価のある一品になっていたのではないでしょうか。(ニュース後に始まる落語を聞いて、口の中の物を吹き出した時は叱られましたが。たしか「牛ほめ」だった。)

小学校高学年、中学生となり、「自分の趣味のためのラジカセ」を得てからは、週末のFM歌謡番組・洋楽番組が必聴となりました。時代ですな。当時、いくつか発刊されていた「FM雑誌」の番組表を見て、お目当ての曲をカセットテープに録音する。エア・チェックと呼ばれた、貴重な音楽栄養採取作業でございます。肝心なのは、番組まるごと録音するような大味な作業は無粋なのであって、「これだ」という一曲を瞬間的に判断し、無駄なナレーションを避け、貴重なテープの一角に納め、オリジナルテープとして繰り返し聴き込む。こうした儀式を経てはじめて異国のヒットチャートの一曲が、自身にとって意味のある構成要素になりうる、そんな受け取り方をしていたように思います。イキの良いところをすくい上げ封じ込める事で、その瞬間のオンエア感、大げさに言えば世界の相対感覚を保存し、いつでも味わえるように取り出したんですな。オン・エアーですよ。まさに同じ時空に並んで乗っかり、価値を共有していたのですよ。

さてさて、音楽の個人的趣味も変遷しながら、時が流れてネット時代ですがな。「時代」「その瞬間の世界の相対感覚」などと言うものは、雲散霧消でございますよ。60年代、70年代、80年代の取り戻せない変化ですとか、その土曜日の午後のFMフィーダーアンテナの感度、などという曖昧な差異は無意味となり、およそいつでもどの時代でも探り出し、より詳しい背景情報を得、動画まで見る事ができるわけですよ。「おお、こんな貴重なものがカンタンに見聞きできる!」という万能感とウラハラに、「もはや追いかける必要無し」という糸の切れたタコのような気分で、情報だけが轟音で流れゆく川辺の暮らし、というのがここ15、6年ほどの個人的音楽摂取環境でございました。

九州の腐れ縁友人、Iちゃん教授より「今週のバラカン番組、面白かった。聞き逃し配信あるよ」と教えてもらったのが数年前。なるほど、現在もラジオ番組はしっかりしたスケジュールにて流れ続けており、それをネット配信で1週間ほど聴き直す事もできると。
これにすっかりはまり、ピーター・バラカンのソウル系番組、ゴンチチの無国籍音楽番組、大友良英のジャズ番組の3本を毎週繰り返し聴き、これぞという曲をパソコンで録音するというオッサン・エア・チェック復活の日々となっております。
本来、ラジオ番組なんぞ軽く聞き流したり、聞き逃したりして良い物なのでしょうが、「あっ、今週まだ聞いてない!急いでチェックして録音や!」というノルマ感、「聴かねば、今週という歴史が失われる」「良かった、今週も現在というものを共有できた」という達成感を非常に満たしてくれるのですね。

そんな中、今年、特に「聞けて良かった」と思うものを2曲紹介。
1曲目は、スペインのジャズ歌手、トロンボーン奏者のRita Payésと、母親でクラシックギタリストのElisabeth Romaによる「Nunca vas a comprender」。
https://www.youtube.com/watch?v=AySBPCkGyyY
これ、ゴンチチの紹介で「動画を見ていると幸せな気持ちになる」と言っていたのですが、ほんまにすごい。近年見た映画・音楽の中で幸せ力ナンバーワン。ビクトル・エリセの最新映画か?といった趣き。
スペインの演奏家であるにも関わらず、ブラジルのショーロ風の曲を奏で、「現実でもあり映画でもある、ここにしかない幸せ世界」に打ちのめされる。
この幸せ力にヤラレタ人は世界中にいるらしく、公式動画と同じ屋外ピクニックシチュエーションで、同じ曲を演奏している動画が何本かあるのですが、それを見ちゃうと「うわあ、本家の母娘、マジでうめえ…だれも追いついてない…」ということに驚愕するのですよ。
リタ・パイエスのトロンボーン、歌の合間にサラっと吹いているだけなんですが、リズムのグルーヴ感が出しにくいであろうこの楽器にて、段違いの細分化された世界に連れてってくれる。他の真似動画を見ると「吹けてりゃええってもんやないんやで!」という事が明確に残酷にわかる。
幸せの形は様々あろうけれど、至高の技術に裏打ちされた幸せ力は桁違いに強力であることがわかります。

2曲目は、ジャズピアニストEmmet Cohenがコロナ禍の自宅にて定期的に行っているセッションシリーズより「Ugetsu」。
https://www.youtube.com/watch?v=IZi5OqD2ISQ
大友良英のジャズ番組にてEmmet Cohenの活動を紹介していて、関連動画を漁った中で最高だったもの。もともとわたくし、シダー・ウォルトン作曲のこの曲(Ugetsu、もしくはアレンジ違いのFantasy in D)が大好きで、シダー・ウォルトン自身のアルバム「イースタン・リベリオン 2」に入っているFantasy in Dを愛聴していたのですが、超えた。
もう、最高。
わりとダラッとした感じで始まるのだけど、エメット・コーエンのソロ部分から、体が動いて動いて止まらない。BGMにしようとしても、毎回、14分間集中して聞き入って、動いてしまう。仕事にならん!
特にジャズオタクというわけではないので、あまり理解していないのですが、この、「次々に新しい世界が開いていく感じのコード進行とリズム」がある一群のジャズスタンダード、年末に相応しいですよね。

ということで、大晦日にこういうものを書いていると、大掃除が1ミリも進まん。積み上げた仕事も忘れかけている。「一週間のノルマ達成感」と程遠い「一年間のオッサン崩壊感」を味わいつつ、皆様良いお年を。
221231air.jpg

コメント(0) 
共通テーマ:健康

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。